心象風景と奇蹟の修道院(2025年11月30日)

心象風景と奇蹟の修道院(2025年11月30日)

昔から牧場熱が湧き上がることがあります。

牧場あるいは牧草地のような広々とした草地に無性に行きたくなる。

長年これは、私が頭の中でつくりあげた「心象風景」なのだと思っていました。

数年前に姪が生まれ、

50年近く前に私が通っていた幼稚園に通うようになりました。

当時と同じデザインの制服を着て、同じ園歌を口ずさむ姪を見ていたら、

旧い記憶がよみがえりました。

ある朝、幼稚園に行くはずだった私は、

祖父と飛行機に乗っていました。

着いたのは祖父の故郷、函館。

タクシーの後部座席に座り、

窓におでこをつけてずっと外を眺めていました。

長くまっすぐつづく道。

木々のあいだからのぞく広々とした草地。

私の牧場熱の源は、たぶんここだ。

雪が降る前に、その場所に行ってみることにしました。

函館から海岸沿いを走るいさりび鉄道で約1時間。

北斗市にある渡島当別駅で下車。

海を背にし、山に向かってまっすぐ伸びるポプラ並木の道を行きます。

ふり返れば海。

ポプラ並木の道

見上げた先には

トラピスト修道院

4歳の私が連れてこられたのは、このトラピスト修道院でした。

トラピスト修道院、正式には「厳律シトー会燈台の聖母大修道院」。

世俗から離れ、「祈りと労働」を通じて神の奉仕に専念するために、

明治29年にフランスからやってきた修道士たちが創設した観想修道会です。

敷地内工場でつくられるバターやクッキーが函館土産として有名です。

トラピスト修道院

ゲートに到着し、鉄柵の隙間に顔をつけて覗くと……

トラピスト修道院

なんともすがすがしいたたずまいです。

トラピスト修道院

修道士さんたちは世間と交わりませんから、

観光客は修道院のなかに入ることができません。

ゲートに設けられた展示を見終え、

修道院の裏山に行ってみることにしました。

この裏山を30分ほど登ったところに、

「ルルドの洞窟」があるのです。

ルルドとは、フランス南西部、ピレネー山脈の麓にある小さな町。

19世紀半ばに起きた聖母マリアのご出現以来、

カトリック教会における重要な聖地になっています。

貧しい少女が山道で白い服をまとった女性(聖母マリア)に出会います。

「地面を掘って水を汲み、身を清めるように」

言われたとおりに地面を掘ると、水が湧き出ました。

のちにルルドの泉として信仰の対象になり、

多くのキリスト教徒が祈りや治癒を求めて訪れる場所になりました。

ルルドの洞窟は、それを模した場所です。

紅葉の木漏れ日
森歩き

紅葉の木漏れ日。久しぶりの森歩きに心躍る反面、

あちこちに立つ「ひ熊に注意」の看板。

命がけの山歩きです。

森歩き

少し息が上がってきたころ、なにやら見えてきました。

赤い洞窟の聖母マリア

この時期しか見られない、赤い洞窟の聖母マリア。

赤い洞窟の聖母マリア

洞窟の先にある展望台に立つと、

右に青森、左に函館港が見えました。

展望台からの景色

しばらくそこで海と空を眺めていました。

すると大きなカメノコテントウがやってきて腕にとまりました。

カメノコテントウ

先ほどのマリア像についている黒い点々も、

おそらくこのカメノコテントウたちです。

キリスト教といえば“シンボル”。

テントウムシになにかの象徴の意味があるのかも、と検索すると、

面白いことがわかりました。

ヨーロッパや英語圏でテントウムシは

「レディバード(Lady Bird)」と呼ばれています。

この“Lady”は聖母マリア(Our Lady)を指し、

「聖母マリアの使い」と考えられているのだとか。

テントウムシは、病気の人の体にとまると、治癒してくれる虫だとされています。

カメノコに手を合わせたくなる、ありがたい気持ちになりました。

ヨーロッパのレディバードのそもそもの由来はわかりませんが、

ここのカメノコテントウたちは、

冬を前にマリア像周辺で集団越冬をするのでしょう。

ある意味、マリア像に守られて生きているテントウムシなのかもしれません。

小さな奇跡を体験し、ルルドの洞窟をあとにしました。

帰りに売店でお土産を買い、季節外れのアイスクリームを食べました。

アイスクリーム

濃厚なミルクとトラピストクッキー。

子どもの頃、うちにはいつもこのトラピストクッキーがありました。

祖父に連れられてここに来た日、

祖父が修道士さんと話し終えるのを、

このクッキーをいただきながら待ちました。

私の祖父は僧侶でした。

でも、若い頃はクリスチャンだったそうです。

なぜ祖父が転向したのか、

その縁でここを訪れたのかは、

当時もいまもよくわかりません。

私はいろいろなことがわからないままここに連れて来られました。

4歳、言葉に直すこともできない年齢です。

そういう意味で、誰にも解釈されないこの場所の風景が、

体のなかに残り続け、心象風景になったのかもしれません。

最後に、今回の旅の発端となった 並木の隙間の牧草地です。

シロ